アパートメント ラブ

 昔、つき合っていた彼女が連絡もなしに家を訪ねてきて「きちゃった……」なんて恥じらいながら戸口に立っていたのを見た時は、なんだかいじらしくて、そのまま抱きしめて家に呼び入れた。
 けど、このシチュエーションはどうしたらいいのだろう?
 日曜の午後。ぴんぽーん、と鳴った呼び鈴に、はいはーいとお気楽に答え、警戒もせずにドアを開けたら、そこには仏頂面の竜崎。
 「な、何してるんですか竜崎」
 竜崎は、何も言わずにポケットに両手を突っ込んだまま、肩でぐい、と開けた隙間に潜り込み、僕の横をすり抜けて狭苦しい玄関に身を割り入れてきた。
 「鍵閉めたらどうですか? 不用心ですよ?」
 言われてあたふたと鍵とチェーンをかけている隙に、竜崎はつっかけるように履いていた踵を潰したスニーカーを玄関に脱ぎ捨て、勝手に部屋に上がり込んでいた。
 「狭いですね」
 5畳の台所を抜け、奥の6畳間に入ると、竜崎はぐるりと部屋の中を見渡し、そう言った。そりゃあ、捜査本部の置かれている高級ホテルのスイートルームと比べられたら狭いけど、これでもワンルームから格上げしたんだけどなあ。
 ぼんやりそんなことを考えていたら、いつの間にか竜崎はどんどん部屋の中を荒し回っていた。まるで現場検証をするかのように、神妙な顔つきで、床に脱ぎっぱなしにしていた靴下をつまんで「靴下」と呟き、それをまた床に投げ捨てる。僕は慌てて散らかった服や雑誌を抱えて押入に押し込んだ。
 これで大丈夫だろうと振り返った僕は、竜崎が手にしているものを見て硬直する。
 「それ……どっから……」
 「ゴミ箱の中にたくさんありました」
 「そんなとこまで漁ったんですか!」
 「目に付いたので」
 竜崎の指先でぶらぶらと揺れているそれは、使用済みのコンドームだった。
 「確か、一昨日も私とセックスしましたよね松田さん」
 「しました……ね」
 「そして昨日はここで別のどなたかと? 元気ですね」
 冷たい口調でちくちくと細かな棘が刺さってくる。でもそれが嫉妬じゃないってことはわかってるんだ。竜崎は誰かに嫉妬するなんてことは、けしてない。
 だから僕は素直に事実のみを報告する。
 「えーと、それは、自分でした分のです」
 「自分で? 自慰をした時の?」
 「そうです。あの、ゴムしてやったほうが布団が汚れなくて便利なんですよ!」
 伊東家の食卓のアイディアグッズ紹介みたいに、僕はわざと明るい声でそう言った。
 じゃないとこんなこと告白してられないじゃないか。
 「自慰する時は、なにをオカズに?」
 聞かれてうっかり「竜崎」と言いそうになり声を詰まらせた。
 「たとえば、私とか?」
 口に出していないのに、言い当てられ顔が赤くなるのがわかる。
 ああもうなんだって竜崎はすぐ僕の言いたいことを察してしまうんだろう。
 捜査の時は便利だけれど、こんな時までしなくても。
 竜崎はコンドームと僕を交互にちらっと見て、恐ろしいことを口にした。
 「じゃあ松田さん、遠慮なくお一人でやってみせてください」
 どこから見つけたのか、新しいコンドームの包装を歯でぴりりと破いて中身を渡してくれる。
 「オカズは目の前にありますよ」
 僕は、催眠術をかけられたかのように、万年床にすとんと腰を降ろして股間に手を延ばした。
 
 いつものように膝をかかえて座っている竜崎の、黒い瞳がじっとこちらを眺めている。
 その視線の重さに耐えられず、僕はズボンの合わせ目から引っ張り出した萎えたペニスをひたすら擦りたてた。
 淫靡な行為をするには明るすぎる。
 穏やかな午後の陽射しに耐えきれず目をつぶった。
 瞼の裏にちらつくのは、一昨日の竜崎の痴態。そのいやらしさに、あまりにすぐ達してしまっても、それはそれで僕の男としての沽券に関わるような気がして、これはヤバイと薄目をあけると、そこには竜崎の真っ黒な目だ。
 どっちを思い描いても、僕の股間は大きく膨らんで先走りの涙を流した。
 「りうざ……き」
 目をつぶり、我ながら耳を塞ぎたくなるような甘い掠れ声で、彼を呼んだ。
 「りゅう……んっ…」
 再び呼んで、目を開けると、竜崎も息を乱していた。
 「え……竜崎、どうして?」
 「うるさいですね。欲情しただけです」
 もぞもぞと不自由そうにジーンズの股間に手を入れて自慰をする竜崎の、少し熱を帯びて潤んだ瞳に睨み返され、僕は一層ペニスを滾らせる。
 アパートの狭い部屋の中には、じっとりと湿った空気と互いの荒い息遣い、そして性器を擦りたてる粘った水音だけが響いていた。
 僕は身を丸めるようにして自分の股間を嬲っている竜崎に欲情して、ほどなく張り詰めたものを解放した。萎えゆくペニスからコンドームを外す。昨日と同じように口を結んで、性器を拭ったティッシュにくるんでゴミ箱に捨てる。
 その一連の動作をじっと見つめていた竜崎は、ぶるりと身を震わせて精を吐き出した。手の中に零した白濁を、どうしたものかと見つめている竜崎に近づいて、汚れた手をティッシュで拭った。
 強く引いたつもりはないのに、力の抜けた竜崎の体がくたりと僕に寄りかかってきた。僕はその骨張った肩を抱く。
 抱きしめられながらも竜崎は「松田さんとは……しませんよ」と呟いた。その声を聞いた途端に、僕の中に嗜虐心が芽生える。
 僕は、絡みつく竜崎を引きずるように窓際へ移動させた。竜崎の言葉は耳に入れないようにして。引きずったまま窓のカーテンを握り、思い切り力を込めて閉める。
 健全な日光が部屋の中から消えて、僕は竜崎を引きずって再び部屋の真ん中のくたびれた布団の上に戻った。
 「竜崎……」
 竜崎を少し乱暴に布団の上に突き飛ばす。竜崎は転がって僕を見上げた。感情の読み取れない顔。
 僕は言った。
 「今からもう一度セックスがしたい。竜崎と。今、この部屋で」
 見開いた竜崎の目の奥に、何か暗い影が揺らいだ。
 「私は、したくありません」
 「でも、竜崎だって、またこんなになってるじゃないですか」
 だらしなくジッパーが下げられたジーンズの合わせ目からは、緩やかに頭をもたげた性器がのぞいている。
 「でも、しません」
 言って竜崎は、同じように再び硬くなり始めた僕のペニスに手を延ばした。そして空いた手で僕の手を取り、自分のそこへと導く。
 僕らは、互いの性器を擦りあい、二度目の精を、互いの手のひらに零しあった。
 その痺れるような快楽は、昨夜一人で慰めた時の比ではなく、しかしそれ以前に肌を重ねあった時よりも、どこか虚しかった。
 


 終
 
 
 
元ネタ提供:ヨーコ★さん 
 

耐久チャットの賜物です。明け方に残った3人でうだうだ話してて、ヨーコ★さんに自分のサイトで描いた「アパートラブ」の続きかけーと煽っていたら、なんか文字でネタをだだ漏れしだしたので、それをモチーフにSSにしてみましたです。
なので原作著作はヨーコ★さんでっす!

      
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