■お題:スーツ・眼鏡・竜崎

 真夜中の捜査本部。豪華なスイートルームに似つかわしくないパソコンやモニターの中に埋もれるようにして、捜査本部の面々が死屍累々と倒れ込んでいる。
 北村家をモニターしている隣室には、模木と相沢が仲良くソファに並んで沈没中。夜神家のモニター前では、夜神総一郎と松田がそれぞれひとりの背にもたれて眠っていた。
「寝ていては意味がないじゃないですか」
 松田に「竜崎は少し仮眠してください。どうせ夜中で夜神家全員寝ていますから、僕が見張っておきますよ」と言われ、仮眠したのが間違いの元だったと、今更ながらに思う。しかし、出会ったころに比べてずいぶんとやつれた総一郎の憔悴しきった顔を見ると、あまり厳しいことも言えなかった。
 普段見ている印象と何かが違うと気づき、ふとテーブルの上に目をやると、そこには総一郎が寝る前に外した眼鏡が置いてあった。生真面目そうな顔に、ことさらおカタい印象を付け加えているアイテムを、竜崎は手に取り、かけてみる。
 いつもとは異なるガラス越しの歪んだ世界に、竜崎は目を細めた。
 その歪みの中に、ソファの背もたれに背中を預け、上を向いて半分口を開いたまま阿呆のように眠っている松田の顔が入る。
 少し疲れて痩けた頬と、無精髭。ワイシャツの襟元はだらしなく開けられ、ネクタイとスーツの上着が無造作にソファの背に掛けられていた。
 そのスーツを竜崎は手に取ってみる。見覚えのあるお馴染みのスーツ。幾日か着たきりで張りを失い、よれよれになったそれを、竜崎は指先でつまみあげ鼻を近づけた。
「……臭いです」
 男臭さと、何かもっと不穏な匂いが鼻をつく。
 その刺激にしかめ面をしながらも、竜崎はしばしスーツを眺めてからおもむろにそれに腕を通してみた。
 薄い体を覆うスーツは、竜崎がまとうとだぼつき、無数の皺がよった。
 肩幅が少し大きく、袖丈は竜崎には短めだ。筋の浮いた手首がわすかにのぞく。
 その袖口の匂いを嗅いで、また竜崎は「臭いです」と顔を顰めた。
 だが、二度目のそれは竜崎自身の中の何か淫靡な嗅覚をくすぐるもので、思いがけなく湧いてきた体奥からの熱に竜崎は戸惑う。
 その熱はあっという間に広がり、眠っていた体の中心に血が通い、目覚めるのを感じる。
「松田の……馬鹿」
 竜崎はスーツをはおって眼鏡をかけたままその場にしゃがみこみ、硬度を増し熱の源となったそれを諌めるように強く握ったが、もはや逆効果でしかなかった。
 真夜中の捜査本部。
 豪華なスイートルームに似つかわしくないパソコンやモニターの中に埋もれるようにして、捜査本部の面々が死屍累々と倒れ込んでいる。
 その中で怪しげに、掠れた甘い声が響いていた。
 

おわり

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